切り裂きジャッジ

 高里椎奈の「銀の檻を溶かして」を読んだがあかんった。キャラに萌えられず自分はやはり男なのだな〜と痛切に感じたのだった。謎の部分に関してもファンタジー的な要素が微妙に絡んでるんだけど、山田正紀ミステリ好きな私としてあれをもし機械的トリックでおとしていたらこの作品の評価も変わっていたと思う。逆にその後に読んだ霧舎巧の『マリオネット園』は楽しめた。ユイとかもうベタベタなキャラなんだけどやはり気に入ってしまうのだな(笑)作中にでてくる中村青司の親せきが設計したような・・・松本清張ならお化け屋敷と痛罵するであろう建物も良い。やはり殺人をエンターテイメントにするのはこれぐらい現実離れしてないとね・・・。


 所でハッスルのジャッチシステムの大いなる疑問がある。詳しく読んでいないのだが『紙プロ』で山口昇氏が新しい価値感つくりとして打ち出したみたいな事を言っていた。確かに勝負論ではRRIDEやK-1には及ばないだろう。私があのシステムをちょっと評価したいのは参加者参入システム。喩えが適切かわからないが、シュレンガーの猫のような・・・観察者がいてはじめて結果が産まれるというのは面白いと思う。しかしその価値間がどこまで従来の勝ち負けまで比肩する事ができるだろうか?せいぜいジョバーの慰め程度に終わってしまうかもしれない。とここまでは肯定的意見。私が違和感を覚えるのは単純にこれを新体操やフィギアスケートのような得点システムとアナロジカルに考えられない事だ。なぜかといえば新体操は”競技者が(まあコーチも容喙するのは当然だとしてやはり採取決断は競技中における競技者だろう)十全”とすべてを決め、行動する事ができる。しかしプロレスはそんな単純なものではない。あまりにも複雑すぎる。まずブックがある勝敗は既に選手の及ばないレベルにて決められ選手はそれに従う。これだけだって純粋な判定ができるなんて事はいえないだろう。ジョブしたから川田に一票。勝ったから小川に一票こんな理由であげている人もいるだろう。別にそれが悪いわけではないが、もしあの結果がその後のハッスルにおける展開を左右するファクターとして大きく作用するのであれば選手にとってこれほど理不尽な事はない。だから結論としては私はあのシステムはあってもいいが、それが実際的に作用させていくのは一寸した注意が必要なのだと思う。 

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